平成11年12月1日
リプロ・ヘルス情報センター
菅  睦 雄

「凍てつくピル市場」

低用量ピルが発売されて、はや3ヶ月を過ぎてしまいました。9月発売当初は医薬品卸の販売実績がおよそ4億円ほどで、約30万シートの低用量ピルが各医療機関に一斉に流れ込んでいったとの話を聞きます。でもその勢いも、現在は鳴りを潜め、ピル市場は冷え切った状況にあると指摘されております。各医療施設には、沢山のピルが眠っているように聞き及んでおります。このことは、医薬品卸の9月、10月の販売実績からも容易に推測できることであり、まさに「凍てつくピル市場」の観を否めません。
現実に。ピル服用患者の多い六本木にある婦人科クリニックでは、3ヶ月でおよそ200名ほどの女性に低用量ピルが処方されています。でも、新規に低用量ピルをもらいに来たのは、わずか3割ほどと思ったより少ないと話されております。1998年に行われた毎日新聞社の「第24回全国家族計画世論調査」の結果では、当時、ピルを服用している女性が1.1%であるのに対し、「ピルが認可されれば使いたい」とする女性が7.2%とありました。これは、新しく低用量ピルを服用する女性が7倍近く増える計算になります。でもわずか1.3倍増にしか過ぎないという現実なのです。このギャップは、どうしてなのでしょうか?
低用量ピルが承認され、発売されても、初めてピルで避妊をしようと考え、医療機関まで訪れるところまで至っていないといえます。先の毎日新聞の調査にありますように、ピルを飲んでみようかと考える女性は多くいます。それは、「リプロ・ヘルス情報センター」のホームページに訪れる多くの女性からも推察されます。様々な問い掛けの中に、「月経痛が激しいのですが、ピルを飲むことができるのでしょうか」などという服用前の心配事をしているのが、これら問いかけの中で47%ほどにみられております。「飲み方」に関するものが17%です。その他、「避妊効果について」9%、「周期の変更について」8%、「服用中の出血について」7%となっています。ピルに対する関心度は高いのですが、「はたして、私はピルで避妊できるのだろうか」と基本的なことを考えこんでいます。そして結果は、わざわざそこまでして行かなくてもと、二の足を踏むという現状維持が続いているようです。
一方、低用量ピルを実際に手にした女性での悩み事として、出血にまつわる問題があります。これは女性にとって深刻なものです。「出血が止まらない」、「休薬期間に出血が起きない」などで、そのうえ避妊効果は心配ないだろうかと思い悩んでいるようです。更には、出血が止まらずに医師に相談したところ、止血剤に加え、以前の中用量ピルに戻したところ、やっと出血が止まったという話もあります。これでは、何のための低用量ピルか意味がわからなくなります。
このように服用者側の情報不足による医療機関への敷居の高さもさることながら、処方者側である医師の対応の拙さも指摘される側面もあります。低用量ピルの臨床試験が終了して、実に10年もの間、低用量ピルは臨床の場で用いられることなく、厚生省の中央薬事審議会で許認可について語られ続けていたのです。そのような背景から、低用量ピルの臨床経験の少ないところで起こる細かな問題への対応も医療者側としては、実地臨床の現場において大きな負担にもつながるところであります。そこには、服用者側と処方者側とのコミュニケーションギャップが生じることになります。そして、そのギャップが益々増大しピル市場の活性化はもとより、現状維持とピルに対する混迷化を続けかねないことが予測されるのです。

「なぜ受け入れられぬ低用量ピル」

9年という稀に見る長い歳月を要して審議され承認された低用量ピルは、避妊を目的とした薬剤です。その薬を、いかに安全性を追求して、改良されてきたピルといえども、それを服用するためには、適不適があり、誰しもが容易に飲めるるものではありません。医師の管理下で服用するという考えが広く持たれています。また、一般でいう薬は、何か身体の健康に異常を感じたときに服用するものという認識も強くあります。ピルは避妊薬であり、望まない妊娠を避けるという予防薬なのです。この妊娠を強く回避しなければならないという、危機感が強ければ、ピルの需要度は高くなりますが、そうでなければ高くはなりません。
1997年6月に国立社会保障・人口問題研究所が実施しました「第11回出生動向基本調査」によると、50歳未満の既婚女性の15,037例の妊娠で「なるべく早く子どもがほしかった」が34.2%とあります、「とくに考えていなかった」29.3%です。63.5%は避妊の需要度は低いといえます。さらに、「出産間隔をあけようと思った」という妊娠が28.6%です。「子どもを産むつもりはなかった」が7.9%でした。そして、その妊娠の結果は、出産83.3%、死流産9.7%、人工妊娠中絶7.0%とあります。このように既婚女性の避妊に対する需要度の低さが指摘されてもおかしくありません。
一方、未婚女性での避妊の需要度ですが、前述しました毎日新聞社の第24回全国調査では、47%が性交経験者と報告しています。また、東京都高等学校性教育研究会の1999年の報告では、都の女子高校3年生の性交経験者が39%とあり、同年の男子37.8%よりも高い値です。このように若い女性の性行動の活発化が明らかにされております。反面、わが国におけます未婚女性の出産、嫡外子の出生率は、わずか1.3%にしか過ぎません。北欧のスウェーデンでは52.0%、フランスは36.8%、イギリス32.5%とあり、いかにお国柄が違うとはいえ、未婚女性の妊娠・出産は、わが国において社会的にも極めて大きな制約を受けていることが明らかといえます。
性行動が活発化してきている今日、未婚女性にとって、それは産めない性であり、避妊の需要度は高いはずです。しかし、彼女らの避妊への意識は、毎日新聞社の調査をみますと、避妊に失敗したときの処置について、未婚女性は「子供を産むと思う」と回答しているのが46.2%とあります。既婚女性の41.9%を上回っているのです。そして「わからない」が35.8%、「人工妊娠中絶を受ける」が14.0%とあります。これは既婚女性の26.9%よりも低い値なのです。この意識調査の示す数値は、避妊に対する認識の甘さが指摘されてもおかしくはありません。そして、妊娠という現実に直面すると、中絶という選択に迫られるのです。
今までのコンドーム一辺倒の避妊法という選択肢から、避妊は男性が行うものという日本人女性の意識が感じられます。また、低用量ピルが使用可能となったからといって、直に行動をとるには、避妊に対する需要度と意識下から時間を要すように思われます。さらに、低用量ピルに対する意識をみても「低用量でも副作用が心配」とするのは、およそ70%とあります。このようなピルに対する副作用の危惧が、その行動に一層のブレーキをかけているものと考えられます。
このようにして「凍てつくピル市場」を形作っている背景の中に、低用量ピルに対する関心度は高いものの、避妊に対する意識、需要度の低さが窺われ、それが実際の行動面に反映されていると思われます。では、どのようにすれば、かかっているブレーキを解き放す要因となり得るのでしょうか?

「ピルに関するグループ面談から得られたもの!」

今から10年ほど前のことですが、各年代層の女性を5〜6人で、ピルに関するグループ面談を行った経験があります。それは、女子大学生、未婚OL、既婚OL、2歳までの子供を持つ育児中女性、40歳代の産み終え世代女性という5つのグループでした。いずれのグループもピルに対しては、「あの飲む避妊薬のことでしょう」というセックスに関連する話しとして、気まずい雰囲気を感じさせるのです。でも女子大生グループは、ピルに興味をすぐに示してきます。未婚OLグループでは、「ピルが使えるようになると、今の若い女の子の性のモラルが乱れるのでは?」という、一歩、社会人になったという言葉に思えて、とても印象に残っています。既婚OLグループでは、避妊に対して真剣に考えているタイプと比較的に甘く捉えているタイプに分けられるようでした。後者は「できたら産めば良い」という考えです。育児中のグループでは、「避妊は夫がするもの」という認識が強いようでした。産み終えグループは、これ以上産めないという意識が強いのですが、「産める間は、産める身体でいたい」と避妊手術を否定する傾向を感じました。また、ピルに対し、「若い人たちが…」と危惧をも示します。
そして、ピルの歴史や利点、欠点などを説明し、低用量ピルに対する理解度が深まってきますと、一様に態度が変わっていくのです。その態度変容のポイントとして、月経にまつわる言葉です。月経痛が緩和される。経血量が少なくなる。周期が規則正しくなる。という言葉なのです。殆どの女性が、過去に必ず月経異常の経験をもち、その様々な経験談に花が咲きます。特に、月経の遅れに心配したときの話には、その深刻さが他の人たちにも共鳴し、ひしひしと伝わっていくのを感じました。
その中で、いち早く「低用量ピルを飲んでみようかな」と変わっていく女性の多いグループは、産み終えた女性たちです。彼女たちは、婦人科を受診することはもとより、ホルモン補充療法的な考えで確実に避妊ができ、専門医師のもとで自らの健康を管理できる点に大きな魅力を持ったようです。この背景には、間もなく更年期を迎えるという意識が強く、考えを肯定化に差し向けたようです。他のグループでも、避妊ということよりも月経痛の緩和などという言葉に食指が動かされるようです。ここでは確実に避妊ができるという理解は示しても、ピルを飲む理由が避妊以外の目的で、生活改善薬としての位置付けを取ろうとするのです。
このような数度にわたるグループ面談の経験から感じたことは、ピル、イコール、避妊となり、セックスの話題になると、話しは比較的保守的になりがちという点、ピルに関する説明には、興味を持って聞くという関心度の高さ、自らの健康に関する話題には、お互いに耳を傾けやすく、特に、更年期という話題には、共通して危機感を共鳴し合うこと、そして、グループ面談には、リーダーとなるような話題の牽引者が必ず存在し、そのリーダーがポジティブ思考が強ければ、話しは直線的に進みやすいことなどがあげられます。

「低用量ピルを身近に捉えるようにするには!」

「凍てつくピル市場」から処方者側と服用者側とに大きなコミニュケーションギャップがあることを指摘しました。医療機関を訪れる際の敷居の高さなのです。この高さを埋めるためには、看護職や助産職にある医療従事者が大きな鍵を握っているように思われます。しかも、その多くが同性であり、服用者側の立場を容易に理解できうる人たちともいえます。まして、自ら低用量ピルを服用することのできる経験者となり得ます。彼女たちの仕事もハードな面を持ち合わせ、多くのストレスなどで様々な月経障害を訴えることもあるでしょう。そして、確実に避妊をしようとピルを考える女性を、自らが身近に理解し、温かく迎え、避妊のことを優しく説明する立場にあり、まさに相応しい適材者といえるのではないでしょうか。
次に、既婚・未婚女性の避妊の需要度は、一段下がった位置にあるようです。また避妊意識も同じ次元と考えられます。避妊の責任は相手が、パートナーが取るような節も窺われます。ピルは自らの意志で確実に避妊ができるという女性主導型の避妊法なのです。反面、言葉を代えるなら、男性が責任を取る避妊法としてのコンドームの位置付け、そして、女性自らの責任でのピルといえます。また、「お互いの責任で性の営みが育まれる」ともいえます。対等な性の営み、連帯性としての絆を強めることになります。とりもなおさず、コンドームは性感染症の予防につながることは、とても大切なことです。このようにして、避妊に対する、さらに、性に対する意識改革を計ることです。即物的に行われるものではなく、一歩一歩と相互に理解を得ながら変わっていくのではないかと考えます。
そこで低用量ピルをもっと身近なものにするには、避妊を前面に出すよりも、側面的なピルに対する捉え方の変様にあると考えま      す。月経痛の緩和などのような、様々なストレスからくる月経障害を改善するというピルの副効用(利点)をあげ、生活改善薬のような位置付けをとることも大切なことではないでしょうか!しかも、ピルを手にするために、医療機関を訪れなければなりません。そこに従事する同性の医療従事者がいます。医師もいます。多様化した社会の中で女性のしっかりとした健康管理の場となり得ます。これこそ、まさにピルをとおしてのリプロダクティブ・ヘルスの享受となるのではないでしょうか…。

以上